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投稿者:
2007/12/17 14:04
07/12/17
大阪営業所 運営グループ Y.Y
「大阪人」て、どんなイメージですか?
「商売人」「こわい」「面白い」「アニマル柄のニット(これは、旭区は森小路辺りで買物するおばちゃんの一張羅!)」。ひょっとしたら大阪人はどこでも値引きすると思っている人がいるかも知れない。だけど、さすがにデパートでは定価で買うし、値引き交渉は、何も大阪人に限ったことではない。でも、何故大阪人だけが、特別枠に入れられるのか…。
昭和50年代。当時の小学校は、土曜日の午前中にも授業があった。小学生だった私は、チャイムとともに、自宅にまっしぐら。土曜日の定番「お好み焼き」の昼食を、吉本新喜劇を観ながら食べていると、玄関のチャイムがなる(普通の家では、まだチャイムが一般的で、インターホンはお金持ちの家にしかなかった)。「○○○君、遊ぼー」。ドアを開けると、自宅前の道路に近所のワルガキどもが集まっており、愛車のミヤタ5段変速機付を駆って、近所の駄菓子屋へ直行。
ここで「王将」という名のアイスをたいらげる。「当たり」が出ればもう一本だが、大抵は「はずれ」。さらに口直しにカレーせんべいを買込み、今度は近所の公園へ。ブランコ、滑り台に分かれ、砂場を舞台に、TVで仕込んだ吉本のネタを披露し合う。私は、「誰がカバやねん!」の原哲夫が好きだった。
公園で一通り遊ぶと、今度はたこ焼き屋へ。民家の軒先をちょいと改装して屋台にした小さな店を、同級生の母親がやっている。「おばちゃんたこ焼き10個。」と口々に叫ぶ。そして冷蔵庫から勝手にチェリオ(もちろん瓶入)を取り出し、170円払おうとすると、
「あれっ、足りへん。おばちゃん。ごめん20円足りへん。」
「ええわ、そのかわり大きなったらステーキおごってや~!」
「僕もまだ食べことないんやで~」
「ちょうどええやん。おばちゃんも食べたことないから。」
こんなやり取りが日常に溢れ、そして大阪人が形成されていった。
しかし21世紀になった今日、大阪の子供たちとて、家でTVゲーム。時間が来ると塾に、ピアノ教室。公園は子供たちの遊び場ではなくなった。駄菓子屋は既にシャッターを閉め、自販機だけが並ぶ。たこ焼き屋の鉄板には、いつ焼かれたか分からないたこ焼きが、パリパリになっている。我が家の子供のお気に入りは、「そんなの関係ない」である。
大阪人が特別枠から外される日は、そう遠くないかもしれない。
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